こちらの本を読みました。
角田 光代(著)
何度でもネコ映像を見たくなったり、見ていると心が落ち着きを取り戻したりする、あの不思議な感覚。その理由の一端を知ることができるかも、と思いつつ読んだエッセイです。
動物はなかなか飼えないけれど。さまざまな動物の動画をつい見てしまいます。なんとも言えないほわほわした気持ちや、「無」になるような感覚は、多くの人が体験しているかもしれませんね。
ここ数年、個人的に、いちばん頻度が多いのは、ネコ(猫)の動画。
自分を助けるために必要なものは。
この言葉が印象に残りました。
私が自分を助けるには、自分以外の何ものかが必要だったのだ。
本書を読んで特に思ったのは、下記のことです。
■ 自分を助けるには、自分の人生に没入しすぎないことも、ときには必要なのかも。
■ 猫(ペット・動物)の存在は偉大。(本人たちに自覚はなくても、救命のような役割すら果たしている)
自分以外の何かに心を砕くこと。
先のように思う理由は。
常に自分のことばかり考えていると、その思考や感情が強固になり、とらわれすぎて行き詰まったり、精神的な逃げ道を失くしてしまう場合もあるからです。
私が自分を助けるには、自分以外の何ものかが必要だったのだ。私をごくごくシンプル、かつ具体的な意味合いで必要としてくれる何ものかが。
著者の角田光代さんにとっては、それが猫だったということ。
すべての人にとって「自分を助ける何か」は異なるけれど、「自分以外の何かに心を砕く」、という要素は大切なのだと思います。
猫がやってきて変わったこと。
著者の家に猫(トト)がやって来たことによる変化について、ざっくりまとめてみます。
・ のちに子猫をくれることになった漫画家の西原理恵子さんに、仕事で初対面した当時の著者は、心がひどくすさんでいた。 (うまくいかないことが重なる、許すこともできない、忘れることもできない、不信、怒り、、など)
・ 心の暗い部分を、自覚することすらできなくなっていた。
・ 子猫を譲り受けて以降は、BC(Before Cat:猫紀元前) と AC(After Cat:猫紀元後)というくらい、生活も感じ方も変わっていく。
・ 人間とはまた別の愛するもの(猫)の出現により、心配性が増しながらも、日々さまざまなことを教わる。
・ トトの健康や長寿を願い、祈り続けることで、自分がつらさに耐えられる。
・ ただ一緒に暮らし、そこにいるだけで、救われている。
猫とのほどよい距離を探りながら、世話をしたり心配をしたりすることは、自身だけのことから離れ、新たな心の拠り所や変化をもたらしたようです。
長く動物と暮らし続けるのは、簡単なことではないと思います。
(住環境、費用面、家族都合、アレルギーなど健康面、生活スタイル、、等々。さまざまなことをクリアする必要もあるので)
けれど、たとえペットを飼っていなくても、代替的な行動は可能。
・ 近所に出没する猫をのんびり眺める。
・ ネットで好きな動物たちの映像を見る。
私同様に多くの人々が、そこからたくさんの何かを受け取っているはず。
動物を見たり触れ合ったりすることは、(意識する、しないにかかわらず)どこかで本能的に、自分を助ける行為になっているのかもしれませんね。
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自分を助ける方法はたくさんあり、その時々で何を選んでもよいと思います。
(人と話す、趣味に熱中、散歩、運動、動物を見る、、等々)
ペットや動物と触れ合うことも、その中のひとつ。
猫のように、ただ「居る、寝る、気ままに動き回っている」、その姿が、人間にとって大きな救いになっているのは、なんだかすごいことですね。
目には見えない人の苦しさや傷を、少しずつ修復してくれたり。
見ているだけで「無」になれる、という種類の幸せもありますね。
(動物たちのふとした表情や動きが、妙に人間みたいなときもあり、面白い)
ほわほわとした生き物の映像を、たまに中毒的に見たくなってしまうのも、きっと【自己治癒・自然治癒】のひとつなのだと思ったりします。






