こちらの本を読みました。(オーディオブックで読了)
著者:池田 清彦、 ナレーター:菅沢 公平
【Audible/オーディブル】 聴く本(* 聴き書きのため、引用として記載した文字が底本/原本と若干異なるかもしれません。ご了承ください)
生物学者である著者は、テレビ出演などもされている著名な方のようです。あまりテレビを見なくなって久しいので、個人的には先入観なく読めました。
人生の意味を考えすぎると生きづらくなる
老若男女問わず、人生や物事の意味を考えすぎたり、人生に意味を求めすぎると、息苦しくなったり辛さが増したりする傾向があると思います。
人生後半になったとはいえ私もその一人で、気持ちの折り合いがつくこともあれば、そうでないこともいまだにあります。
そういう呪縛というか思い込みから一歩離れて、もう少し違う視点を持てたらと思い、この本を読んでみました。
度を越すと人生は疲弊しやすい
人間が意味という病におかされている
この言葉が印象に残りました。
あらゆる物事において、適切な度合いを越すというのは、一時的ならともかく、長期に渡ると、「病/やまい」というものに変化したり、そうした傾向につながりやすくなるのかもしれないと。
この本を読んで、あらためて感じました。
また、解剖学者である養老孟司さんの飼い猫(まる)のエピソードも印象的です。
・養老さんも、昔は、意味という病におかされていた
・まるを見ているうち、生きている意味なんていうのはないんだと気がついた
・まるは、自分が何のために生きているかなんて考えていない
(本能の赴くままに生きている。食べたくなれば食べ、満足すればまたどこかへ行き、自分が楽なところ・好きなところに行って遊んでゴロゴロしている)
人間は意味を求めすぎるけれど、動物はそんなことは考えず、ただ存在しているだけ。
犬や猫など動物の動画は人気で、眺めていると、なんだか無になれたり落ち着いたりするのは、そういうシンプルな存在の仕方に心惹かれるからなのかもしれませんね。
意味を求めすぎることの弊害
心を病んでいく過程には、反出生主義という考え方も影響しているかもしれません。
著者の言葉を借りると、
・ 人間は(私は)何のために生きているのか、何かの役に立つのだろうかなど、自分の生きる意味や役割について考えてしまう
・ この疑問を極限まで突き詰めていくと、私は何の価値もない(生きている価値もない)という結論に至る
・ それなら死んでしまおうかと考えはじめ、そうなると、自分は最初から生まれなければよかったという考えに至る
・ 生きていても価値がない人間を作るのは罪深いと思い、反出生主義に行き着くことになる
こうした思考の過程は、個人的にわかる部分もあり辛い気持ちになります。
とはいえ、現実的には、私たちはすでにこの世に出てきて存在してしまっている人間なので。
できれば今ある世の中で、誰もが、なんとか自分なりに生きやすい考え方や生活の仕方を見つけ、それなりに楽しみつつ人生をまっとうできればと思います。
生きやすくなるための考え方
著者の考えをざっくりまとめてみます。
〜〜〜
人生に意味はない
意味を求める必要はない
意味がなくても楽しく生きられる
意味はなくても価値はある
人類の繁栄は永遠ではない
地球や宇宙にも寿命がある
自分の好きなことをする(得意 興味 喜び)
納得できる生き方を選択する
楽しく生きることに集中する
〜〜〜
人生には波も変化もつきものです。
ネガティブな要素ではなく、できるだけポジティブに自分が生きやすくなる考え方を取り入れながら、それぞれが自分なりに自由で楽しく生きられるスタイルを見つけていければよいなと思います。
***
悠久の宇宙の時間の流れの中では、人類の生誕も絶滅も、人類が築いた文化も文明も、一瞬の点のようなものだ。
こうした言葉を聞くと、寂しさや虚しさを感じる人もいるかもしれません。
一方で、大きな時間の流れの中のほんの一部を、ただ楽しんで生きればよいとシンプルに思えば、少し肩の力も抜けるのではないでしょうか。
人生の意味探し、自分探し。こういうことが楽しい時期も人生にはあったり、それはそれで大いに楽しむのがよいと思います。
けれど、もしも、そういう思考にどこか疲れや違和感を感じたときには。
「何ごとにも意味を求めすぎない」という選択肢もあるのだと思い出すこと。
そうすれば、日々の生活は、気負わずもっと心地よいものになっていきそうですね。
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