小物類の片づけをしつつ、以前から部屋になんとなく飾ったままの「絵(絵画)」を、思いつきで外してみました。
結論からお伝えすると、なんだか「とてもすっきりして、ほっとした」というのが正直な感想です。
自分の中の違和感を無視してはいけない
その絵は、何年も前に実家からもらったものです。(確か同じ絵が2枚あり、そのうちの1枚をもらいました。大きさは50×40cmくらい)
どんな経緯で同じ絵が2枚もあったのかは不明ですが、いわゆる縁起物の絵画ということで、特に欲しかったわけではありませんが、渡されたので受け取ったというかんじです。
当時から特別気に入ったり自分の趣味に合っていたものでもなかったのですが(すみません..)、縁起物だし部屋に飾らなくては、というかんじでそのままずっと持ち続けていました。
ですが、あれから年数も経ち、こうして片づけを進めている今、ふとその絵が自分の部屋にあることが不思議に感じられたのです。
縁起物なので確かにきれいで神々しい雰囲気なのですが、当時から時間が経過した現在でも、やはり自分の趣味とは違うかなという気持ちは変わらなかったので、なんとなく思い立ってその絵を外してみました。
絵がなくなったその場所は殺風景にはなりましたが、なんだかとてもすっきりした気分に。ずっと同じ場所にあったのに、翌日にはそこに絵を飾っていたことすら忘れていました。
もの選びについて、もっと早くに明確な基準や違和感への自覚があれば、最初から絵の受け取りを遠慮したり、すでに手放していたかもしれないなと。この時あらためて気づきました。
(親からもらったもの、縁起物、というこのふたつが、自分の中での縛りになっていたことも今ならわかります)
視界に入るものは、意識しなくても自分に影響を与えている
たった絵一枚のことですが、このことをきっかけに、漠然(雑然)とモノがある状態を毎日見続けているというのは、思った以上に人の意識・心理に影響を与えているのかもしれない、ということをより強く思うようになりました。
そのくらい、この絵を外したことで気持ちが楽になり、心理的圧迫感がなくなったからです。
(余談: この経験で、アートディレクターの佐藤可士和さんが言われていたことをふと思い出しました。
“デザインを考えるときに、余計なものが周りに見えると、知らないうちに影響されてしまう”
以前、テレビの対談番組のような場で、このようなことをお話しされていた気がします。ゆえに、映し出されたオフィスは、ショールーム並みに美しく、余計なモノが一切表に出ていませんでした)
特殊な職業柄や、視覚に対し人より鋭敏な場合もあると思います。ただ、そうしたことと関係なくごく平凡な生活をしている私でも、日々、目に映るものの影響力を考えてしまう出来事でした。
数年の間うっすら違和感を覚えていた絵を無事に手放し、気持ちが軽くなりました。
毎日目にする場所が、自分にとって心地よいものになるような片づけを、今後もしていこうと思います。







