片づけすぎて(あるいは片づけのことを考えすぎて)少し疲れているのかもしれません.. 最近よくわからない気分的な疲労、消耗感がときどきやって来ます。(もちろん全く問題ない日もあり)
今後も片づけは続けていきたいので、自分なりに感情を分析しつつ、対策を考えてみました。
1回目と2回目の片づけ祭りでは、感じることが違う
昨年初めて行った片づけ祭りは3週間くらいで、まさに祭りの高揚感と勢いのようなもので一気に片づけを終えました。
今回は、その時には明らかに感じることのなかった種類の疲れです。体の疲れよりも、主に気持ちの消耗感です。(これまでも多少気分的な波はありましたが、ここまで辛くはなかったです)
初めての片づけ祭り半年と期間を決めてじっくり向き合っている2回目の片づけ祭りと比べると、やはり前回は粗削りだったと思うし、楽しさだけしか感じていなかった気がします。
片づけをするうちに、スーツケース数個分くらいのコンパクト生活、そんな暮らしをうっかり妄想するようになりました。もちろん楽しみも大いにあるけれど、日々多くのモノを捨てていて、単なるすっきり感とは別の感情が表れているのを感じます。
把握しきれない部分もありますが、自分なりに想像・分析してみると。
モノを捨てることへの申し訳なさや、長年自分がしてきた無駄な消費や時間に日々向き合い続けることのつらさのようなものが、意識下で蓄積されたまま、うまく消化し切れていないせいなのかも。それが、妙な気持ちの消耗・疲労感につながっているのではと。
(もちろんきちんと感謝しつつモノを手放していますが、それでも積年の感情と折り合いをつけるのは大変なことなのだと思います)
片づけはここまで比較的に無理なく順調に進んでいて、モノが減っていくすっきり感も確かに味わっていたはずなのに。自分のことながら、人の気持ちとは難しく面倒なものです。
当たり前の買物に妙な疲れを感じることも
日常的にスーパーなどで日用品や食料品を買う時も、見慣れているはず数々の商品に、なぜかモノがありすぎてつらいというような気分になったり、ワゴンセールの品が目に入ると妙に気持ちがざわついたり。(いつもなら気になっていた商品がワゴンに入っていると、試し買いしたりするのに)
「捨てること(出る)」と「買うこと(入る)」のバランスがうまく取れなくて、その両方から離れたい気分なのかなと、そんなことも少し感じます。
気持ちのバランスがうまく取れないときは、無理して片づけない
片づけは、基本的にはひたすらすっきりして楽しいものだとここまで思ってきたので、このような気持ちに自分でもとまどっています。
とはいえ、ここで片づけをストップするつもりもなく、やはり身軽になりたいです。
ただ、自分の気持ちの変化を無視しないように、とは思います。体力的な疲れは睡眠でほぼ解決するけれど、気持ちの疲労回復には多少時間がかかるもの。
◆ 対策
・ 今回のように、自分でも釈然としないときは、無理して捨てることをしない。
・ 少し時間を置いたり、できる範囲の整頓や掃除など、モノを捨てる以外の作業をしてみる。
・ どうしても必要なもの以外、買物も控えてみる。
ひとまずこんなふうに、自分なりの対処法を決めたことで、気持ちも落ち着いてきました。
気づいたらまた何事もなかったかのように、嬉々としてモノを捨てたくなっていたり、また気持ちの消耗感がやって来たり。片づけ期間が長めだと、そんな感情も繰り返されるのかもしれません。
片づけは、自分を使った実験みたいなもの。こういう気持ちの変化・動きが(快も不快も含めて)感情を味わうということなのかなと思います。
「片づけ」は奥が深いですね。そして、バランスも大事。
今後もなんとかうまくバランスを取りながら、自分にとって快適なコンパクト生活を探っていきます。







