片づけ日記

片づけ依存について考えてみた。解決策は境界線に気づくことから

片づけに依存しているかも、と感じたときは。

人との境界線に気づくこと、自分なりのルールを設けることが大事だと思います。


「片づけ依存」「断捨離依存症」なる言葉を少し前に見かけ、よい機会なので、自分自身についても考えてみることにしました。

これらの言葉の詳しい定義はわかりませんが。

近頃はこんな言葉まで登場しているのかと関心を抱く一方で、何事も表裏一体(よい面もあれば、そうでない面もある)なのかもと、妙に納得したりもします。

あらためて振り返ってみたところ。個人的には、ときどき無性に、家族や他人の物の多さが気になる・・ということを自覚できました。


片づけ依存かも? と思ったときは。境界線を意識する

結論から先にお伝えすると。大事なのは、主にこの2点かなと思います。

□ 人との境界線に気づくこと、自覚すること

□ 片づけ依存に陥らないために、自分なりのルールを作ること


自分も他者も尊重できるように

先の2点が大事な理由として。

片づけに限らず。(物でも行動でも)何かに極度に依存すると、それは、自分、家族、周囲の人の自由度を尊重していることにはならないと思うからです。

(ちなみに、自分の物の片づけだけなら、どれだけ極端に物を減らしても、少し不便でも、本人が快適であればそれほど問題もなさそうです。けれど、他者の物に口出し・手出ししすぎるのは、やはりよくないので、平和的な話し合いが必要かも)

・・・

問題(片づけ依存)として考えられそうな状態としては、例えば下記のようなこと。

・物を減らし続けなければ、自分は幸せにならないと思ってしまう。(強迫観念)

・片づけに対して、過度の期待感がある。

・完璧な片づけを要求し続ける。(自分自身にも、他人にも)

・家族や周囲の人にも、自身と同じように物を減らしてほしいと思ってしまう。

・当人が望まないのに、半ば強制的に物を捨てさせようとする。(コントロールしようとする)

・勝手に人の物を捨ててしまう。

等々。

こうなってくると、片づけを強要している人も、強要されている人も、皆の心が窮屈で、誰も幸せな気持ちにならないであろうことが想像できます。。

だからこそ、 片づけのよい部分を最大限に活かすためにも、この2つのことが大事になってくるのではと思います。

□ 人との境界線を自覚する (物の量も中身も、自分と他の人の快適さも異なるから)

□ 依存にならないよう、自分なりの片づけルールを決めておく


度を超さないために、自分の領域の片づけに集中する。

わかりやすく、私自身のことを例にすると。

自分の片づけに着手し、熱中しているときはそれでよかったのですが、問題は、自分の片づけがひと段落ついたそのあとからです。

家族や他の人の片づけのことが、ひどく気になる時期は確かにあり。今思えば、あれも片づけへの執着や依存だったのかなと。


■片づけに執着、依存しすぎているかもと気づくこと。

【ケース1】

・以前から気にはなっていた実家の物の多さが、余計にひどく感じられるようになる。

・なんとか片づけてもらおうと、折を見てはあの手この手でがんばるも、当人たちはほぼ動かず。一向に状況も変わらないため、憤りと疲労が募る。

【ケース2】

・以前お世話になった方の事務所の移転を手伝うことになったとき、あまりの混乱ぶりにやや呆然とする。(物は散乱し、段取りもほぼできていない)

・頭の中では数々の疑問が浮かびつつも、時間のゆるす限り引越作業を行う。帰宅後は、心身ともにぐったり、気持ちのもやもやがしばらく残った。


上記は個人的な一例ですが、こんなふうに自分の領域以外の片づけについて、必要以上に気になってしまうことが何かあれば。

片づけ依存気味になっているかもという、ひとつの目安になるのでは。

自分と他の人のあいだの境界線を意識できれば、必要以上に踏み込むこともなく、それぞれの価値観を尊重することにもつながります。


■自分なりの対策、ルールを作る。

・基本は、自分の領域の片づけに意識を向け、その範囲を快適にすることに集中する。

・家族や親しい人であっても、片づけを押し付けない。(相手が望めば、できる範囲で手伝う)

・他の人の物の多さや、片づいていない状態に、イライラもやもやすることがあれば、一旦はそこから離れる。(物理的に距離をとる、しばらく時間を置くなど)

・片づいた状態も大事だが、まずは心の平和を優先する。

・ときには諦めや覚悟も必要。

・自身も周囲も、お互いの自由度を尊重する。

すべてはできなくても、ときどきは上記のことを意識してみると、片づけに対する気持ちの姿勢も変わってくるように思います。


片づけは、粗探しではなく暮らしやすくするためのもの。

物が多すぎる、少なすぎる、汚い、きれいなどは、主観的な部分も大きいです。

片づけは、自分自身や他の人を責めるためのものでも、粗探しをするためのものでもないです。

快適さの基準は人それぞれ。


いつも片づけているのに、どこかすっきりしないときは。

一度落ち着いて、自分の片づけがおろそかになっていないか、人との境界線は保てているかなど、あらためて見つめ直してみるのも大切かもしれませんね。

片づけは、依存するものではなく、幸せな日常を作るために(個々の意思で)すること。

こんな当たり前のことを、人はわりと簡単に忘れてしまうものなので、ときどき思い出すことも大事ですね。

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