こちらの本を読みました。(オーディオブックで読了)
森見 登美彦(著)、岡本 寛志(ナレーター)
【Audible/オーディブル】 聴く本(* 聴き書きのため、引用として記載した文字が底本/原本と若干異なるかもしれません。ご了承ください)
概要
糺ノ森に住む狸の名門・下鴨家の父・総一郎はある日、鍋にされ、あっけなくこの世を去ってしまった。遺されたのは母と頼りない四兄弟。長兄・矢一郎は生真面目だが土壇場に弱く、次兄・矢二郎は蛙になって井戸暮らし。三男・矢三郎は面白主義がいきすぎて周囲を困らせ、末弟・矢四郎は化けてもつい尻尾を出す未熟者。この四兄弟が一族の誇りを取り戻すべく、ある時は「腐れ大学生」ある時は「虎」に化けて京都の街を駆け回るも、そこにはいつも邪魔者が!かねてより犬猿の仲の狸、宿敵・夷川家の阿呆兄弟・金閣&銀閣、人間に恋をして能力を奪われ落ちぶれた天狗・赤玉先生、天狗を袖にし空を自在に飛び回る美女・弁天―。狸と天狗と人間が入り乱れて巻き起こす三つ巴の化かし合いが今日も始まった。
(「BOOK」データベースより)
映画化やアニメ化もされているこちらの小説は、人に化ける狸と人間の攻防の物語。
よく考えたらかなり残酷なお話でもあるのに、そこはかとない悲しみと可笑しみが漂う、奇妙な世界に引き込まれます。
個性的な登場人物たちや物語全体の飄々とした雰囲気も、個人的に好みでした。
面白きことは良きことなり。再起する力
今回、印象に残ったのは、こちらのふたつのセリフです。
「捲土重来(けんどちょうらい)」
「 面白きことは良きことなり」
人はどんな状況からでもやり直せる(可能性)
先のふたつの言葉が心の残った理由は。
■【捲土重来】
次兄・矢二郎が、狸からカエルに化けて井戸の底にこもり続けていた、苦しい経緯が明らかになり。その辛い心情のなかでも、再起しようとする印象的なセリフだったから。
(* 捲土重来=けんどちょうらい/けんどじゅうらい
一度戦いに敗れた者が、再び勢いを盛り返し、反撃に転じること。一度失敗した者が、再起してやり直すこと。といった意味があるそうです)
■【面白きことは良きことなり】
狸・四兄弟の亡くなった父(下鴨総一郎)。次兄・矢二郎が、父から聞いた最後の言葉。
投げやりでも諦めでもなく、どんな状況も窮地も受け入れて生涯をまっとうした、総一郎なりの哲学を感じさせる言葉だから。(四兄弟を支えてつなぐ言葉でもあると思う)
生きるとは、どうにもならないことだらけ
人生というのは白黒つけられないことがほとんどで、自分でも意味のわからない言動をとってしまうのが人間であり、どうにもならないことのほうが多い..。
(人間にとっても、他の生き物にとっても、理不尽なことは世の常かも)
小説の世界とはいえ、この物語を読むと、なんだかそんな気持ちが強くなります。
例えば、下記のようなこと。
・ 老いらくの恋をどうにもできない天狗の赤玉先生。
・ 親が狸鍋にされて人間に食べられてしまう。
・ 父の仇である人間を好きになってしまう。
・ 狸がかわいくて大好きなのになぜか鍋にしようとする教授。
等々
詳しくは本書を読んでいただくとして。
なんでこんなことになったんだろう..、という説明のつかない人生の中でも。
「面白く」するようにものごとを捉え直してみたり、腐らずにしかるべきタイミングで「再起」を図ろうとしたり。
生きるとは、そうやって、清濁あらゆるものを受け入れつつ、ただ進んでいくのみなのかもしれませんね。
***
人生に疲れた、もうダメだ、何もしたくない..。
そんな気分のときには、ひたすら力を抜いて休むこと。
そして、物語を読みつつ(聴きつつ)、下記のセリフを思い出してみると、またゆるゆると元気と日常生活を取り戻していけるかも。
・ 捲土重来(けんどちょうらい)
・ 面白きことは良きことなり
読む本、聴く本、映画、アニメと、さまざまな入口が用意されている『有頂天家族』ですが、オーディブルもとてもおすすめ。
私の場合は、目が疲れていたり集中力がないときでも、寝る前などに無理なくゆったり聴けるのがありがたく、魅力に感じています。
(ナレーションの岡本寛志さんの声の演じ分けも素晴らしく、ふとした時にまた聴きたくなります。狸兄弟の四男・矢四郎が、けなげで愛らしく、妙に応援したくなりました)
【森見 登美彦】著者ページ・作品を見る Amazon☆読書のおともに:
森見作品で、キーアイテムのように登場する「偽電気ブラン」というお酒があります。
偽(ニセ)ではない「電気ブラン」を傍らに置きつつ、物語の世界に浸るのもよいですね。
(年々アルコールに弱くなっているけれど、一度は試してみたい)







